□社名の由来
天和年間より小菅家十二代、六代目を「公長」と称す。紀州徳川家十一代藩主顕龍公より御用絵師として召し抱えられる。上田姓と苗字帯刀を許され、陰葵の御紋を拝領。江戸城へ下向、御前揮毫を許されその栄に浴し、日本画四条派松村呉春に師事する。後に残された画軸の多くは大阪市立美術館や西本願寺に所蔵されている。 その小菅家先祖の号「公長」にあやかり、「公長齋小菅」という社名で1898年創業、現在に至っている。